旧東海道のひとこま

52.石部~草津(写真をクリックすると拡大されます)


五十一番目の宿場石部宿に入りました 


かつての石部宿 現在は静かな住宅街です


延喜式内社の吉姫神社 石部の西に鎮座する吉御子神社と対になる神社です


交差点角に高札場跡の標示 ポケットパークになっています


石部宿には本陣が二軒ありました ここはそのうちの一軒 小島本陣跡 


旧東海道は突き当たりを右折し北東に向きを変えます 突き当たり見える暖簾は 広重が石部宿の風景として描いた田楽茶屋を模して作られた現代版田楽茶屋 


石部宿は京都から東に向かう旅人が最初に泊まる宿場でした ここは西からの旅人にとっては入り口 東からの旅人にとっては出口に当たる見付があった場所です 


石部宿を出ると旧東海道はJR草津線に接近 進行方向右手にはコンクリート工場


JRに沿って歩いていると三上山が見えてきます


やがて旧東海道は野洲川左岸の伊勢落の集落へ 落ち着いた町並みが続きます


岩上神社の鳥居越しに三上山が見えます 近江富士とも呼ばれる秀麗な山は目に留まると気分が高揚します


伊勢落の西は六地蔵村 当時を偲ばせる標示が掲げられています


旧道らしい風景の先には旧和中散本舗大角家住宅があります ここについては連載の草津で触れます


六地蔵の一里塚跡 日本橋から数えて百十七番目の一里塚です


落ち着いた六地蔵の街道風景を楽しみながらさらに西へ


高速道路の高架脇には文政三年(一八二〇)開基の行者堂


手原でも落ち着いた町並みが見られます


足利義尚 鈎の陣屋跡の石碑  長享元年に足利義尚が六角高頼を親征するために築かれた陣屋はこの石碑から北西に四百メートルほどのところにある永正寺一帯にありました


目川の一里塚跡 日本橋から数えて百十八番目の一里塚です


目川には立場が置かれていました 名物は硬めの豆腐を串にさして味噌をつけて焼いた豆腐田楽 蕪や大根の葉を細かく刻んで薄い塩味で炊いたご飯に混ぜた菜飯とともに人気でした


茶屋の元伊勢屋跡 ここが最初に田楽を売り出したと伝わります


新幹線の高架をくぐり北西方向へ


草津市に入ります


旧草津川の土手にあがります 草津宿はこの先すぐです
  1. 連載 紀行エッセイ「歩いて旅した東海道」

    舞阪
  2. 寄り道東海道

    水口屋
  3. 心に留まった風景

    箕面の滝
  4. 寄り道東海道

    熱田神宮
  5. 寄り道東海道

    楽寿園
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