連載 紀行エッセイ「歩いて旅した東海道」

小田原(一)

小淘綾こゆるぎ浜の波音が、残響のように耳奥から聞こえてくる。

その音に歩調を合わせるように、さらに西にを目指す。

大磯から小田原まではおよそ四里、平塚大磯間の五倍近い。五十三次の中でも三番目に長い距離だが、高麗こま山を過ぎたあたりから東海道の風景に自然を感じる楽しみが加わったおかげで、いくらでも歩ける感じがしている。旧道歩きに慣れてきたということもあるだろう。

二宮が近づくと、進行方向右手に吾妻山が現れる。標高は一三六メートル。東海道沿いの家並みの向こうに、なだらかな稜線をのぞかせる吾妻山は、高麗山のような特徴はないが、山頂から富士山と海を一望する大パノラマ写真を目にして以来、一度は登ってみたいと思っていた。

寄り道しているような余裕はないが、かといって登らずに通過したのでは後悔が残る。信号表示に吾妻神社入口とあるのを見つけると、反射的に足が山の方に向かった。

高麗山でだいぶ調子が上がってきたようで、十分足らずで吾妻神社に至る。ここは日本武尊の后・弟橘媛おとたちばなひめを御祭神とする神社。板石を敷き詰めた参道の両脇に、刈り込まれた低木や石灯籠が庭園さながらに配されている。拝殿には朱色の欄干。鄙びた境内を想像していたが、そこはかとない華やぎは弟橘媛の持つイメージに相応しい。

東征中の日本武尊は、三浦半島の走水から海路房総半島へ渡ろうとしたとき、突如わき起こった暴風雨に行く手を阻まれ、進むことができなくなった。后の弟橘媛は海神の怒りを鎮めようと、「さねさし 相武さがむの小野に 燃ゆる火の 火中ほなかに立ちて 問ひし君はも」と歌い日本武尊に別れを告げると、荒れ狂う海に入水した。波はすぐさま穏やかになり日本武尊は船を進めることができたが、尊の悲しみは深く、足柄山で「吾妻はや(わが妻よ)」と嘆いた。

日本武尊の東征説話での、有名な一つのクライマックスである。

二宮は律令制による相模国成立以前、師長国に属していたと言われる。『日本書紀』には、弟橘媛はその師長国の国造だった穂積忍山宿禰ほづみおしやますくねの娘とある。日本武尊は伝説上の人物だが、弟橘媛はこの土地に生きた実在の人物だったかもしれない。

実際吾妻山を擁する二宮には、弟橘媛が身につけていたものが岸に流れついた伝承地がいくつかある。袖ヶ浦は袖が流れついたことからそう呼ばれ、吾妻山の麓の梅沢は袖が埋められた場所という。二宮には袖ばかりか櫛も流れてきた。その櫛を埋めたのがここ吾妻山で、神社はその櫛をご神体としてお祀りしている。

お詣りの後、小さな庭を巡っていると、植樹の日付を記した札や奉納の石碑に目が留まった。この土地の氏神として、地元の人たちによって大切に守り続けられているのだ。

東海道はもとより、各地に日本武尊やそれに関連する伝承地がある。そうした土地を訪ねると、長い年月そこで祈りを捧げてきた土地の人々の思いが感じられる。

吾妻山もその一つだった。

 

その後私は、カメラと三脚を手にした人たちの後について、山頂を目指した。皆が急に駆け出すので、つられて小走りに山を駆け上がると、視界が開けたその先に見たこともないような幻想的な相模湾の風景が拡がっていた。

斜面は早咲きの菜の花で覆われ、その先には灰色がかった海が視界に収まりきらず果てしなく続いている。眼下にはこれから歩こうとしている小田原方面の町並み。海岸線を辿ると伊豆半島に至る。半島の山々は幾重にも折り重なり、奥の山は次第に白くなって空に溶け込んでいく。箱根の山並みも見えるが、富士山はあいにく雲の中だ。

空の様子は刻々と変化する。見ているそばから雲は墨を混ぜたように薄黒くなって空全体に拡がり、伊豆半島の山の稜線に垂れ込めていく。

墨色の雲がオーロラのように襞を作りながら、水平線に近づいてきた瞬間、海と雲の隙間のわずかな空が、光を放ったように見えた。

神々しいとはこのことで、空からか海からか、何かが立ち現れるような気配に思わず身震いした。

 

*写真ページ「旧東海道のひとこま」も更新しましたので、合わせてご覧くださいませ。

 

 

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