心に留まった風景

円山公園の枝垂れ桜

東京にいた頃は、桜というと染井吉野で、上野公園や地元の川沿いの染井がしばらく目を楽しませてくれた後、一斉に桜吹雪となって舞い散ってしまうのを見て、桜の時期はあっけないと感じることが多かったのですが、関西に腰を落ち着けて暮らすようになり、その印象は変わりました。もちろん関西にも染井吉野は至るところで見られますが、身近に山河があり、剥き出しの土を踏みしめる機会が東京にいたときに比べ格段に多いこともあって、様々な種類の桜が目に入ってきます。早咲きの河津桜は梅と同じ時期に桃の花に似た濃いピンクの花を咲かせ、染井吉野とほぼ同じ頃には少し大降りの白い大島桜、紅しだれは染井吉野が満開の頃でもまだ七分咲き程度、少し標高の高いところに行けば桜はまだ蕾みの状態という感じで、少しずつ時期をずらしながら異なる種類の桜を追いかける楽しみを知り、桜の時期というのは梅より長いのではないかと思うようになりました。

ちょうど今、大阪造幣局の桜の通り抜けや吉野の桜が見頃を迎えているそうです。造幣局の桜は五百メートルほどの通りに三百本以上、それも八重が中心ですから、遠目にはずっしりと重厚な印象ですが、個々の花を間近に見るとその花びらは空気を含んだように軽やかで、息を吹きかけ花びらの揺れを楽しみたくなります。吉野の山にはシロヤマザクラを中心に二百種類もの桜が植えられています。桜咲く吉野を訪ねたのはいつだったろうと記録を辿っていくと、ちょうど今から十三年のまさに今日でした。もうそんなに経ってしまったのかと驚きますが、吉野の桜はやはり格別で、山全体が桜で覆い尽くされた光景は鮮明に記憶に残っています。

 

 

桜にまつわる思い出は尽きませんが、今回は京都円山公園の枝垂れ桜、通称祇園枝垂れ桜のことを少しばかり。

初めて円山公園の枝垂れ桜を見たのがいつだったのか定かではありませんが、おそらく十五年以上前だったと思います。夜桜でした。鳳凰が羽を広げ飛び立とうとしているような優美でどこか妖艶なその姿に目を奪われ、しばらく立ち尽くしていると、桜の息づかいが聞こえてきたような気がして身震いしました。それまであまり、一本桜の名木を見る機会がありませんでしたし、ましてやそれが夜の姿だったということもあって、その印象は鮮烈でした。桜の魔性に打たれたとはそのことで、以来祇園の枝垂れ桜は私の中で特別な一本になり、桜の時期に円山公園を訪ねる機会がない時でも、今年はどうだろうか、ちゃんと咲いているだろうかと、その存在が常に頭の片隅にありました。

円山公園は、園内に長楽寺や安養寺などがあるように、かつてはそうした寺社の境内地だったものが、明治の廃仏毀釈で土地が政府に没収され、都市公園として整備されたという歴史を持ちます。大正時代に小川治兵衛氏によって池泉式庭園が造られ、四季折々市民たちに愛される公園として現在に至っています。

 

枝垂れ桜はこの公園の中心的存在です。公園完成時にあった枝垂れ桜は昭和二十二年(一九四七)に枯れてしまい、現在の桜は二代目。初代はおよそ樹齢二百二十年だったそうですから、江戸の享保年間から祇園で毎年花を咲かせ続けてきたことになります。現在の二代目の枝垂れ桜は、昭和三年(一九二八)に初代から種子を採って育て昭和二十四年(一九四九)に植樹されたとのことなので、こちらもすでに樹齢九十年以上になります。

一時は樹勢が衰えたこともあり気に掛かっていましたが、今年久しぶりに満開の姿を目にし、それは杞憂に終わりました。三代目も育成中だそうです。

 

 

 

ちなみに、哲学者九鬼周造も円山公園の枝垂れの夜の美しさに惹かれた一人でした。ヨーロッパ留学から帰国後、京都帝国大学で教鞭をとっていた九鬼は、ときおり円山公園を散策、祇園の枝垂れ桜を目にして大いに感銘を受けました。その様子が「祇園の枝垂桜」(昭和十一年)というエッセイに記されています。

 私は樹木が好きであるから旅に出たときはその土地土地の名木は見落さないようにしている。日本ではもとより、西洋にいた頃もそうであった。しかしいまだかつて京都祇園ぎおんの名桜「枝垂桜しだれざくら」にも増して美しいものを見た覚えはない。数年来は春になれば必ず見ているが、見れば見るほど限りもなく美しい。
 位置や背景も深くあずかっている。あおかすんだ春の空と緑のしたたるような東山とを背負って名桜は小高いところに静かに落ちついて壮麗な姿を見せている。夜には更に美しい。空は紺碧こんぺきに深まり、山は紫緑に黒ずんでいる。枝垂桜は夢のように浮かびでて現代的の照明を妖艶ようえんな全身に浴びている。美の神をまのあたり見るとでもいいたい。私は桜の周囲を歩いてはたたずむ。あっちから見たりこっちから見たり、眼を離すのがただ惜しくてならない。ローマやナポリでアフロディテの大理石像の観照にふけった時とまるで同じような気持である。炎々と燃えているかがり火も美の神を祭っているとしか思えない。

 

 

九鬼のこの文章を読んでいると、かつての私自身の感動が甦ってきました。

 

円山公園には他にも見事な桜が数多くあります。この祇園の枝垂れ桜のある場所からさらに東奥に歩いていくと、屏風のように桜花を横に拡げたこちらの一本に出会いました。

 

 

 

 

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