旧東海道のひとこま

53.草津~大津(写真をクリックすると拡大されます)


旧草津川を越えると草津宿に入ります 右に見える小さなお堂は草津高野地蔵尊 左には常夜燈があります


追分の道標 草津は東海道と中山道が交わる場所でした


追分には高札場もありました


江戸時代の様子を伝える草津本陣跡 国の史跡に指定されています ちなみに草津には二軒の本陣がありました


吉川芳樹園の店舗兼主屋 鬼瓦に文政十三年(一八三〇)の銘 二軒あった脇本陣の一軒でした


ところどころ趣きある町屋が残っています


旧東海道沿いに鎮座する立木神社は奈良時代の神護景雲元年(七六七)創建と伝わります 武甕槌命が常陸国の鹿島神宮を出発し諸国を経て当地に到着 その際手にしていた柿の鞭を社殿近くに刺したところ枝葉が茂り出したことから 里人は御神徳を畏みこの木を崇め神殿を建て立木神社と称したのが始まりと伝えられています


草津川を渡ると瓢箪堂というお店があります ここはかつて姥ケ餅屋があった場所で 北の軒先に寛政十年(一七九八)に建てられた道標があります ここは旧東海道と矢橋街道の分岐点 西に行くと琵琶湖畔 矢橋の渡し場へに出ました


野路の一里塚跡 日本橋から数えて百十九番目の一里塚です


野路の玉川 かつて玉のような清水が湧き出たという故事から古来歌に詠まれる名所でした 萩の名所でもあったことから萩の玉川とも呼ばれました


弁天池 池に浮かぶ島には弁天神社があります


月輪池 この辺りにかつて立場があり数軒の茶屋が軒を連ねていたといいます


一里山北二丁目の交差点に月輪一里塚跡の石碑 日本橋から数えて百二十番目の一里塚です


大江の町を西へ


古代から交通の要衝だった瀬田の唐橋


瀬田の唐橋を渡った後はしばらく瀬田川に並行して北上 近江八景の一つ粟津の晴嵐で知られる晴嵐に入ります あいにく現在はこのような感じ


若宮八幡宮 鳥居の奥に見える門は膳所城の犬走し門を明治の廃城後に移築したもの 江戸時代初期の貴重な遺構です


京阪瓦ヶ浜駅横の踏切を渡り北へ 中庄に入ります


篠津神社の表門は膳所城の北大手門だったものを廃城後に移築したものです 国の重要文化財


豊受比売命をお祀りする膳所神社は豊臣秀吉や北政所 徳川家康らが神器を奉納したと伝わります 鳥居奥に見える門も膳所城から移築したもので国の重要文化財です


和田神社境内で一際目を惹く銀杏は 関ヶ原の合戦の後徳川家康に捕らえられた石田光成が京へ護送される際に繋がれたと言われています


社殿や神像が重要文化財に指定されている石坐神社 創祀年代は不詳ですが 社伝によると近江国府の初代国造・治田連がその四代前の祖・彦坐王を茶臼山に葬りその背後の御霊殿山を神体山としてお祀りしたことに始まります


近江守護であった佐々木六角が室町時代末期に建立したと伝わる義仲寺 木曾義仲と芭蕉の墓があることで知られます


京阪の線路を越え西へ 大津宿はもうすぐです
  1. 連載 紀行エッセイ「歩いて旅した東海道」

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