旧東海道のひとこま

48.関~坂下(写真をクリックすると拡大されます)


しばらく鈴鹿川に沿って歩いた後国道を経てふたたび旧道に入ります そこから北西に目をやると観音山 関富士 羽黒山 明星岳といった鈴鹿の山々が聳えています


鳥居は伊勢神宮のものでこの鳥居から南に延びるのは伊勢別街道です いせみち 参宮道 山田道などとも呼ばれお伊勢参りに行く人で賑わいました


鳥居の先から江戸時代に戻ったかと見まごう街道風景が続きます


旧東海道から百メートルほど北に入ったところにある関神社 関氏の祖実忠が紀伊国熊野坐神社の分霊を勧請したものと伝えられ 江戸時代には熊野三所大権現と呼ばれていました


さっと通りすぎてしまうのがもったいないような町並みが続きます


関には二軒の本陣がありました こちらは川北本陣跡


関町なみ資料館から見た関宿の風景 街道の先に鈴鹿の山々が見えます


旅籠玉屋は現在歴史資料館として公開されています


その先にはもう一軒の本陣 伊藤本陣跡 現在は電気店になっています


関宿の中程にある関地蔵院 開放的で関の町と一体化しています 天平十三年(七四一)行基によって開かれたと伝わりますが確かなことはわかりません 関のお地蔵さんとして古くから信仰を集めてきました


その先には観音院 正式には関西山 福聚寺といいます  嵯峨天皇の御代(八二〇)の創建と伝わり 中世には関氏の祈願寺として栄えました


そろそろ関の街道風景も見納めです この先で国道一号線に合流します


次第に鈴鹿の山々が迫ってきます 奥に見えるのは筆捨山 狩野法眼元信という画家がこの山を描こうとするも 山の姿の変化が激しくて描くことができず筆を捨てたことからこう呼ばれるようになったと伝わります


鈴鹿川の様子もだいぶ上流らしくなってきました


国道一号線からわかれ旧道に入ります


静かな沓掛の集落を抜け北西方向に進みます


鈴鹿山脈が次第に近づいてきます


鈴鹿峠を控えたここは鈴鹿馬子唄発祥の地と言われています 近くには坂下宿と馬子唄について展示する鈴鹿馬子会館があります ここまでくると次の坂下宿ももうすぐです
  1. 寄り道東海道

    亀山城(伊勢)
  2. 手がけた書籍(高橋英夫の本)

    『テオリア 高橋英夫著作集』第四巻刊行
  3. 古社寺風景

    陶荒田神社
  4. 祭祀風景

    京都の節分 須賀神社の懸想文売り
  5. 心に留まった風景

    箕面の滝
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