古社寺風景

丹比神社

前回投稿した黒姫山古墳は、古代丹比野と呼ばれた一帯を統治していた丹比氏の奥津城です。その黒姫山古墳から南東におよそ四百メートルほどの場所に丹比の名を冠した丹比たんぴ神社があります。北一キロほどのところには竹内街道が通っているという、古代交通の要衝だったところです。

神社の鎮座地は現在堺市美原区多治井ですが、明治二十二年から昭和三十二年までこのあたりは丹比たんぴ村でした。神社の丹比を「たじひ」ではなく「たんぴ」と読むのは、当時の地名から来ているのでしょう。

神社の御由緒によると、御祭神は火明命ほあかりのみこと瑞歯別命みずはわけのみことです。火明命は丹比連系統の丹比氏の祖神とされている神様、瑞歯別命は反正天皇で、多治速比売神社のところでも触れたように、丹比氏は反正天皇に仕えていたという関係ですから、丹比氏が創建に関わっていた可能性が大きいですが、江戸時代の史料(『大日本神祇志』)などには丹比公系統の丹比氏の祖神・上殖葉皇子かみつうえはのみこを御祭神とするものもあります。丹比氏が二系統あり、活躍した時代は異なるもののほぼ同じ場所を統治していたことから、御祭神にも混乱が生じたようです。丹比連の丹比氏が祖神をお祀りしていたところに、後の時代丹比公の多治比氏が祖神をお祀りした時期があったけれど、当初の御祭神に戻したということなのか、それとも神社の創建は六世紀末から九世紀頃の多治比氏の時代で、当地が本来丹比氏によって開かれたことから丹比氏の祖神を後にお祀りするようになったのか……。創建由来について確かなことはわかりませんので、二つの可能性を推測するに留めておきます。

現在の丹比神社が、丹比氏の祖神と共に反正天皇をお祀りしているのは、丹比氏が反正天皇に仕えていたということに加え、反正天皇が即位に際し丹比柴籬宮を造営したと記紀に記されているように、当地と深い関わりがあったということもあるかもしれません。ちなみに丹比神社から三キロほど北にある柴籬神社がその跡地であると言われています。

 

丹比神社境内にも、反正天皇に縁があると伝承されている遺構があります。下の写真に見える井戸がそれで、ここでは反正天皇がお生まれになったとき、この井戸の水を産湯に使われたと伝わっています。『日本書紀』によれば、反正天皇は淡路宮に生まれ、産湯に多遅の花が入ったことから、和風諡号が多遅比瑞歯別天皇というようになったと言われています。多遅の花は虎杖いたどりのことで、丹比・多治比・多遅比の「たじ」はそれに由来するようですが、井戸の伝承地は兵庫県南あわじ市にある産宮神社や、淡路市の御井の清水などにもあり、どの伝承地がそうなのかはわかりません。確かなのは、丹比神社も含め丹比野一帯が反正天皇に縁の土地だったということです。

 

 

ちなみに拝殿の向かって左には、いくつか石碑が並んでいますが、左から二番目は履中天皇の句碑です。履中天皇は反正天皇の兄にあたります。

 

刻まれているのは『古事記』下つ巻、履中天皇の段にある「多遅比野に、寝むと知りせば 立薦も 持ちて来ましもの 寝むと知りせば」(丹比野で寝るとわかっていれば薦の屏風でも持ってくればよかった)という歌です。

難波宮で大嘗祭に臨み饗宴の席で飲んだ酒に酔い寝ていた履中天皇は、弟の墨江中王すみのえのなかつおおきみに裏切られ宮殿に火を放たれます。側近に助け出された履中天皇は、大和に向かう途中丹比野で目覚め「ここはどこか」と尋ねられたので、側近が事情を説明したところ、上の歌を詠んだということです。大和に向かう途中履中天皇が詠まれたという歌が他にも『古事記』にありますが、そうした歌からも丹比野が難波と大和を往来する際に通過する重要な場所であることがわかります。

余談ですが、謀反を企てた墨江中王は、後にもう一人の弟である瑞歯別皇子(後の反正天皇)によって誅され、履中天皇は無事即位します。崩御後は瑞歯別皇子が皇位を継承し、反正天皇となったということで、反正天皇は兄弟間で皇位を継承した初めての天皇になります。

井戸の奥にあるこちらの石は、反正天皇が父である仁徳天皇の死を悼み建立したと伝わる五輪塔です。当時の勢力の大きさを考えると、小さく控えめな五輪塔で、おそらく後世に造られたものでしょうが、こういうものがあることによって五世紀に思いを馳せるきっかけにもなります。もしかするとこれは、古墳時代の歴史の記憶が薄れてしまうことを危惧した誰かが、この石に歴史の語り部になってほしいという思いを込めて置いたものではないかと、そんな気がしてきました。

 

 

 

 

 

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