旧東海道のひとこま 

19.江尻~府中 (写真をクリックすると拡大されます)


辻の一里塚 日本橋から数えて四十二番目の一里塚がここにありました


南に向かう江尻の旧東海道 江尻東の交差点から東を見ると 突き当たりにJR清水駅があります


かつての江尻宿 閑散とした商店街でちょっと寂しい


江尻小学校のあたりに中世武田氏によって築かれた江尻城がありました 二の丸町、大手町といった地名だけが城下町だった歴史を伝えています


旧東海道から少し離れますが こちらは巴川河口の風景 江戸時代信州や甲州からここに年貢米が集められました


巴川に架かる港橋の袂 巴川左岸に清水次郎長の船宿「末廣」を復元した清水港船宿記念館があります


巴川右岸 末廣から南に百五十メートルほどのところに次郎長生家跡があります


次郎長が眠っている梅蔭禅寺 資料室には鉄斎との交流を示す展示も


旧東海道に戻り 巴川に架かる稚児橋を渡ります 稚児橋は慶長十六年家康の命で架けられました 渡り初めのとき年老いた夫婦が先頭を歩いていると 川から奇児が現れ橋を渡って駿府の方角へ歩いていったという言い伝えから稚児橋と呼ばれるようになりました


稚児橋を渡るとほどなく木戸跡の表示 江尻宿はここまででした


旧東海道は南西方向へ 次第に駿河湾から遠ざかっていきます


創業元禄八年の追分羊羹本舗 素朴な蒸し羊羹は三百年以上変わらない味です 追分というのはここが東海道と清水道の分岐合流点だったからです


追分羊羹本舗の角に「是より志三づ道」の道標が立っています


その先には遠州都田の吉兵衛の供養塔 文久元年清水次郎長は子分の森の石松の恨みを晴らすため ここで吉兵衛を討ちました


JR東海道線を越えると上原子安地蔵堂


その先には草薙の一里塚跡 日本橋から数えて四十三番目の一里塚です


草薙神社の大鳥居が見えてきます 草薙神社は日本武尊の火難伝説に由来する神社 ここから一キロほど南東に鎮座しています


谷田の旧東海道では造園業者が目に付きます


旧道が国道一号線に合流する古庄の交差点に兎餅跡地の看板 兎餅は安倍川餅 追分羊羹とともに駿河三大名物として人気を博し 大田南畝も「耳長ふ聞き伝えきし兎餅 月もよいからあがれ名物」と歌を残しています


取材当時は再開発まっただ中だった東静岡


曲金の住宅街に建つ曲金観音堂 この辺りは鎌倉幕府を追われた梶原景時一族と地元武士団との古戦場です ここまで来ると府中宿はもうすぐです
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