古社寺風景

道明寺と道明寺天満宮

大阪平野の南東に位置する藤井寺市は、隣接する羽曳野市と共に古市古墳群があることで知られています。現存するものだけでも天皇陵を含む八十七基もの古墳が密集する地域ですから、それだけでも歴史的に大変貴重な地域であることがおわかりいただけるかと思います。

古墳時代、古墳や埴輪の造営、葬送儀礼に深く関わった氏族に土師氏がいました。

藤井寺市に土師ノ里という近鉄の駅があります。その名の通り、周辺は古代土師氏の本拠地でした。そんな土師ノ里に残る土師氏の氏寺と氏神を訪ねました。

  

まずは土師氏の氏寺だった道明寺へ。推古二年(五九四)聖徳太子の発願により、土師氏(土師八嶋)が自身の邸宅を寄進し、広大な土地に七堂伽藍や五重塔を備えたお寺を創建したと伝わります。それが道明寺の前身、土師寺です。創建当初は現在地から南東に二百メートルほど、道明寺天満宮の前(南)にありました。

道明寺天満宮の南には、五重塔の礎石が残っています。

時代下って延喜元年(九〇一)、土師氏の後衛である菅原道真が太宰府に左遷される際、この寺にいた叔母の覚寿尼かくじゅにを訪ね、別れを惜しんだと伝えられています。その際詠んだとされるのが、この歌です。

鳴けばこそ別れも憂けれ鶏の音の なからん里の暁もかな

こうした縁もあり、道真の死後遺品をお祀りし、道真の号である道真を寺名に用い、道明寺と改められました。現在地に移ったのは明治の初めですが、土師氏の時代に遡る歴史を有しているせいか、境内に佇んでいると悠久の時の流れを感じます。

ちなみに道明寺というと桜餅ですね。桜餅に使われている道明寺粉は、もちろんここ道明寺に由来します。

道真が左遷されると、道明寺にいた叔母の覚寿尼は毎日道真のいる筑紫に向かってご飯をお供えをしたのですが、そのお下がりを分けたところ病気が治ったと評判になり、求める人が多くなっていったことから、お下がりのご飯を乾燥させほしいにしたのが始まりなのだそうです。

 

さて次は、東高野街道を挟んだ向かいに鎮座する道明寺天満宮へ。

 

御祭神は菅原道真、天穂日命、覚寿尼の三柱です。

  

 

御由緒によれば、第十一代垂仁天皇の時代、土師氏の祖先にあたる野見宿禰のみのすくねが遠祖・天穂日命あめのほひのみことをお祀りしたことに始まります。こちらも創建当初は土師神社といいました。下の写真のように、境内には氏神として土師神社がいまもお祀りされています。(現在の御祭神は天穂日命の御子神・天夷鳥命あめのひなどりのみこと、野見宿禰、大国主命の三柱です。)

仏教が伝来すると、道明寺のところでも触れたように、土師氏が自邸を寄進し土師寺が建てられます。近世には代々幕府からの寄進もあり、多くの信仰を集めてきましたが、明治の神仏分離により道明寺天満宮と道明寺とに分けられ、道明寺は東高野街道を挟んだ向かいに移されました。

道明寺天満宮は高台の上にあります。仲津山古墳の南側から道明寺天満宮の石段にかけての斜面から、埴輪を焼いた登り窯が十一基見つかったそうです。

土師神社を創建したと伝わる野見宿禰は、垂仁天皇の后が亡くなった際、埴輪をもって殉死に代える案を提言したところ嘉納され、土師臣の姓を与えられたと『日本書紀』に記されています。野見宿禰は伝説上の人物、この話も伝説ですが、ここで埴輪が焼かれていたことは事実です。

大化二年(六四六)薄葬令によって墳墓が小型簡素化されたことで、土師氏の家業にも影響が出始めます。さらに七世紀の末ごろからは火葬が行われるようになると、土師氏は活躍の場を失ってしまいますが、仏教の隆盛により変化が起こることはある程度予測がついたのでしょう、土師氏はある時期から一般的な律令官人としての道を模索し始めていました。そして奈良時代の末には、伝統ある氏の名を捨て、改氏姓を願い出たのです。それにより菅原、秋篠、大枝の新しい氏姓が生まれました。

ちなみにこちらは、道明寺天満宮の西およそ二百メートルのところにある三ツ塚古墳の周濠から発見された修羅の復元です。修羅とは古墳を造る際巨大な石を乗せて運んだソリのこと。発掘場所は土師氏の領地だったので、おそらく土師氏は修羅を用いて巨石を運んだのでしょう。

 

 

古墳時代を下支えした土師氏を偲ぶ春の一日でした。

 

 

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コメント

    • wpmaster
    • 2018年 3月 28日

    コメントをどうもありがとうございます。思いがけず桜が満開でしたので、予定を変更して投稿しました。土師氏について少しでも触れることができてよかったと思っています。

    • 松本 茂樹
    • 2018年 3月 28日

    歴史のタテの一面と、横の広がりを興味深く拝見しました。このような知識を持って道真神社や道明寺を見ると、感慨深いでしょうね。

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