祭祀風景

狸谷山不動院 火渡り祭

京都盆地の東に連なる東山三十六峰。最北は比叡山で、それに続く赤山や修学院山、葉山の麓には、赤山禅院や修学院離宮、曼殊院、詩仙堂などがあります。このあたりは観光でも人気があるので、行かれたことのある方も多いのではと思いますが、一乗寺山と瓜生山の間の山中に鎮座する狸谷山不動院は、案外知られていないのではないでしょうか。私も今回が初めてで、夏の夜、山中で行われた修験の祭は、山の信仰を肌で感じるとても印象深いものでした。

 

狸谷山不動院があるのは、京都市左京区一乗寺です。一乗寺といえば、宮本武蔵が将軍家の兵法指南役を務めた吉岡一門と決闘したと言われる一乗寺下り松を思い浮かべるでしょう。今あるのは四代目の松ですが、ここは近江と京の都を結ぶ街道の要所だったので、旅人の目印にと松が植えられました。狸谷山不動院は、この下り松のある四辻を東に一キロほど上っていったところにありますので、広く捉えればここも要の場所と言えます。

要所ということでは、実際ここは都の鬼門に位置することから、平安京が出来て間もなく、桓武天皇の勅願で咤怒鬼たぬき不動明王をお祀りしたことに始まるとのこと。咤怒鬼、つまり鬼を叱るほどの険しい表情をしたお不動さんが、鬼門から邪気が入るのを防ぐという重要な役割を担った聖地でした。

宮本武蔵が慶長九年(一六〇四)に境内の滝で修行をしたということのほか、江戸時代中期に再興されるまでの歴史は空白に近いのですが、中興以降については次のように伝わります。

高野山で木喰行を体得し、さらなる高みを目指して諸国を行脚していた木喰養阿もくじきようあが、一乗寺村の狸谷に大きな洞窟に輝く仏像があると知り、そこを修行の地と定めます。それが江戸時代中期の享保三年(一七一八)のことで、木喰養阿は狸谷で厳しい修行に明け暮れます。やがて熊野権現が表れ、自らの手で石に不動明王を刻み御本尊としますが、その姿は平安時代に桓武天皇がお祀りした咤怒鬼不動明王と同じだったことから村人たちはその再来と歓喜し、篤い信仰を集めていったということです。

ところが明治に入ると、狸谷山不動院も修験禁止令や廃仏毀釈の影響を受け荒廃してしまいます。修験道は日本独自の信仰形態で、何よりも大切に守らなければならないものだと思うのですが、どうしてこういうことになったのか。このブログでも何度か同様のことを書いてきました。ここは復興され残っているだけいいと思うべきなのかもしれませんが、明治の蛮行は残念でなりません。

狸谷山不動院は、明治の終わりごろ郷土の有志によって救われました。彼らは荒れた山を手入れし、参道を整備し、大僧正亮栄和尚を招いて修験道大本山一乗寺狸谷山不動院として復活させたのです。ちなみに本堂までの階段は二五〇段ありますが、途中白龍弁財天や弘法大師をお祀りする光妙殿などに手を合わせながら上っていくと、いつの間にか本堂前に来ているという感じです。

 

今では厄除け、癌封じ、交通安全にご利益があるとして熱心な信者も多く、このように多くのお札が奉納されています。

 

前置きが長くなりましたが、そういう謂われのある狸谷山不動院で、七月二十八日の夜、火渡り祭が行われました。

日が落ちる頃、本堂での法要が終わると、山伏たちが法螺貝の音と共に本堂下の火渡り道場に下り、柴灯護摩が執り行われます。

 

山伏によって点火されると、無病息災、家内安全を願う山伏たちの祈りの声に乗り、護摩から立ち上る煙が懸崖作りの本堂にまで達し、オレンジ色の浄火と火の粉が漆黒の闇に舞います。

 

しばらくすると、山伏たちが護摩壇の壇木を崩し、火床を作っていきます。

火床が出来ると、山伏がまず渡り、それに続いて一般の人たちが一人ずつ渡っていきます。

火渡りは修験道に伝わる荒行で、本来はまだ炎の残る火床の上を歩くものですが、ここでは完全に火が消えるまで地面を叩いていたので、全く熱さは感じません。

ですが、山伏の方に背中をぽんと押され、火床を一人進むときは、得も言われぬ緊張感があり、正面に待ち受けている導師さんの元へ、お札を握りしめて無心にひた進みました。

十数メートルの火渡りでしたが、渡り終えた後は緊張が解け、無心が一気に満たされました。

実はここに来る前、先日投稿したみたらし祭に参加していました。みたらし祭は浄水で足を清める祭。火渡り祭は浄火で足を清める祭。期せずしてどちらも足にまつわるものでした。気のせいか、この日以降体が軽くなり、それまでより仕事がはかどるようになったような気がします。たまたま体の回復期と重なったということかもしれませんが、ご利益があったと思ったほうが幸せな気持ちになります。信じる者は救われる、とはよく言ったものです。

 

 

 

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