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新屋坐天照御魂神社(一)

大阪北部の茨木市に新屋坐天照御魂にいやにますあまてるみたま神社という社名の神社の論社が三社あります。

三社の鎮座地は、現地名でいうと西福井と宿久庄しゅくのしょう、西河原になります。三社の位置関係は宿久庄が一番西、そこから北東に二、五キロほどのところに西福井の神社、さらにそこから南東に三キロほどのところに西河原の神社で、いずれも国道一七一号線に近いところかもしくは国道沿いにあり、地図上で三社を結ぶと西福井の神社を頂点に二等辺三角形ができるイメージです。

当社は社名の通り新屋に鎮座される天照御魂神をお祀りする神社ということですが、現在新屋という地名はありません。古代このあたりは摂津国の嶋下郡に相当し、『和名類聚抄』によれば嶋下郡には新野(屋)、宿人(久)、安威、穂積の四つの郷があり、新屋以外の三つについては現在もその地名が残っています。肝心の新屋については現在の西河原の辺りに相当するようで、そうなると西河原の神社が大元なのかと思いたくなりますが、神社の御由緒などによれば、西福井の神社が中心的存在のようです。

 

新屋坐天照御魂神社は『延喜式神名帳』の式内社で、「新屋坐天照御魂神社三坐」とあることから、三柱の神様がお祀りされていたことがわかります。式内社の中でも格の高い名神大社で、古くから霊験あらたか、とくに農業に対するご利益が大きく中央からも厚遇されてきました。

西福井の神社に初めてお参りしたのは二年ほど前のことです。御祭神のこと、三社の関係など気になることが多い反面、わからないことも多く、なかなか取り上げることができませんでした。今回ようやくその気になったのは、三柱鳥居があることで知られる京都太秦の木嶋坐このしまにます天照御魂神社、通称蚕の社のことを思い出したからです。その神社について今詳しいことは省きますが、近いうちにこの神社も含め太秦周辺を訪ね歩いてみたいと思っていながらなかなか実現せずにいたところ、先月京都の六地蔵めぐりをした際、すぐ近くを通ったことで思いが再燃し、その流れで大阪の茨木市にも天照御魂神社があることを思い出し、まずはこちらを再訪しもう一度向き合ってみようかということになったのです。

天照御魂を社名に冠する神社というと、新屋坐天照御魂神社(摂津国嶋下郡)、木嶋坐天照御魂神社(山城国葛野郡)の他に、奈良県の田原本町(大和国城下郡)に鏡作坐かがみつくりにます天照御魂神社、奈良県桜井市(大和国城上郡)に他田坐おさだにます天照御魂神社があります。また社名には天照御魂神を冠していませんが、水主神社(山城国久世郡 現在の城陽市)も御祭神として天照御魂神をお祀りしています。いずれも畿内にあり、その中で最も上位の神階を授けられたのが今回取り上げる新屋坐天照御魂神社です。

 

ということで、三社ある新屋坐天照御魂神社のうち、まずは西福井の神社にお参りし、少しでも神社と土地の歴史に近づけたらと思います。

 

西福井の新屋坐天照御魂神社は国道一七一号線から北に向かう旧亀岡街道から百メートルほど西の、日降丘と呼ばれる小高い丘の麓に鎮座しています。上の写真の突き当たりに見える緑がその日降丘です。

 

社伝によると、崇神天皇七年に日降丘に神が降臨され、それを伊香色雄命いかがしこおのみことに祀らせたのが当社の始まりとのことです。伊香色雄命は物部氏の祖とされています。

日降丘に降臨された神というのは、社名にも見える天照御魂神ですが、皇祖神の天照大神とは別系統の日の神です。神社の入り口にある御由緒には、主祭神である天照御魂神の亦の名として天照国照天彦火明大神あまてるくにてるあめのひこほあかりのおおかみ饒速日大神にぎはやひのおおかみが記されています。

天照国照天彦火明大神は天火明命あめのほあかりのみことという別名を持ち、尾張氏や海部氏などが祖としています。もう一方の饒速日大神は物部氏や穂積氏が祖としており、物部氏の伝承を元にしたとされる『先代旧事本紀』によれば天火明命と饒速日大神は同一神です。『先代旧事本紀』の「天孫本紀」には物部氏の系譜と共に尾張氏の系譜が記されており、物部氏も尾張氏同様に天孫に始まるように見えますが、これは物部氏の策略でしょう。御祭神に物部氏の存在が見え隠れするので複雑に思えますが、実際はもっとシンプルで、天照国照天彦火明大神は海洋民族であった尾張氏が信仰していた日神だったのではないかというのが、いま思い至ったことです。

ちなみに上の写真にある社号標の近くに茨木市教育委員会による神社について書かれた説明表示があるのですが、そちらでは現在の御祭神として天照皇大神、天照国照天彦火明大神、天津彦火瓊瓊杵尊あまつひこほににぎのみことの三柱が挙げられています。天照皇大神は言うまでもなく皇祖神の天照大神。天津彦火瓊瓊杵尊は天照大神の孫にあたり、葦原の中つ国を治めるため三種の神器を携え高千穂に天下ったと神話に描かれる神で、この二柱は相殿神としてお祀りされているとありますが、神社でいただいた栞には、この二柱については全く別の神名になっています。おそらく先の説明表示にある三柱は後世に書き換えられたもので、元は神社の栞に記されている方ではないかと思います。(実際神社の栞にも、そのように書かれていました)栞に記されているのは、和御魂にぎみたま伴酒着神とものさかつきのかみ奇御魂くしみたま伴馬立神とものまたちのかみで、その二柱が主祭神である天照御魂神と共にお祀りされたのが当社の始まりということで、それらの神を奉祀したのが尾張氏だったのではないかと。その流れで尾張国に目を転じてみると、『和名類聚抄』の尾張国海部郡にも新屋郷が見え、そこにも新屋神社があったようです。その神社の鎮座地は現在の愛知県あま市新居屋になりますが、地名からして当地と何か関係がありそうですし、実際摂津国の新屋郷は尾張の新屋郷から遷されたという説もあるようです。

新屋坐天照御魂神社からそう遠くないところに、真の継体天皇陵とされる今城塚古墳があります。継体天皇の最初の后目子媛は尾張氏の出身です。尾張氏は朝廷と外戚関係を結び勢力を強めていった古代の大豪族です。尾張氏については不明な点が多いのですが、海との関わりが深く、海や川といった水路ばかりか陸路においても流通網を擁し各地にネットワークを築き、多くの氏族と同族関係を持ったと考えられています。本拠は尾張国ですが、もちろん摂津国にもその影響は及んでいたようで、当社が尾張氏が関係していたとすると、西に勢力を拡げていった痕跡とみることもできるかもしれません。

 

少しばかり古代の様子を垣間見ることができたところで、境内の様子に移ります。

 

 

鳥居をくぐり長い石段を上ると、陽光の降り注ぐ明るい境内に出ます。

正面には拝殿、その奥に本殿があります。

 

以前行ったときと違い、この日は拝殿のすべての戸が開け放されていたので、内部がよく見えます。とりわけ目を惹くのが、壁面上部に飾られた三十六歌仙の絵馬。これらは江戸時代に大坂の両替商平野屋五兵衛により寄進されたものだそうです。

 

この本殿の背後が日降丘で、社殿に向かって右側にある稲荷社の脇に登り口があります。

日降丘の東斜面一帯からは新屋古墳群と呼ばれる六世紀後半から七世紀にかけての群集墳が見つかっており、全壊していたものも含めて全部で三十基ほどから成っていたそうです。いずれも横穴式石室を持ち須恵器が出土し、中心的存在だった古墳からは鉄製の馬具や鉄刀、ガラス小玉なども見つかったとのことです。途中の山道に張り巡らされた巨大な蜘蛛の巣に怖じ気づき、途中で引き返してしまいましたので写真がないのですが、日降丘の上には石標が立ち、聖地であることの目印になっているそうです。

なお、この神社周辺には他にもいくつか古墳があります。そのうちの一つ、当社の南西五百メートルほどのところにある紫金山古墳は四世紀中頃の築造と考えられる前方後円墳で、さまざまな副葬品が出土しており、被葬者はかなり地位の高い首長だったことがうかがえます。また以前取り上げた大織冠神社一帯は将軍山古墳群と呼ばれていて、そこにも同じ四世紀中頃の同規模の前方後円墳がありました。紫金山古墳と将軍山古墳は佐保川を挟んで六百メートルほどの距離ですから、両者は非常に近いところに位置していますが、古墳に使われた石や副葬品、埴輪などに違いがあり、同じ系列の首長のものとは言えないようです。ただどちらも遠隔地との交流をうかがわせる土器などが見つかっていることから、川という道を通じてその中下流はもちろん、さらに離れた地域との交流が行われていた可能性があります。

わからないことの方が多いとはいえ、土地にヒントはたくさん残されていますので、また足を運んでみたいと思っています。

 

 

西福井の神社以外の二社については、社伝によれば神功皇后の朝鮮出兵時に戦勝を祈願して新屋の川原で禊ぎを行い、凱旋時にその天照御魂神の幸御魂が現在の宿久庄に、荒御魂が西河原にお祀りされ、新屋坐天照御魂神社が三社になったとのことです。(宿久庄は川上にあるので上河原社とも呼ばれます。) 長くなりますので、その二社については次回に。

 

 

 

 

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